医学・医療最前線

がんを凍死させ、自分の骨で欠損部を再建する( 2011/11/21 )

※この技術は、2017年から先進医療をはずれました。

 骨肉腫などの骨軟部に発症した悪性腫瘍の治療で、骨を切除すると、骨がなくなった箇所をどうやって埋めるかという問題が生じます。骨を再建する方法はいろいろありますが、その1つが「自家液体窒素処理骨移植」です。液体窒素によって腫瘍細胞を凍死させ、自分の骨を元に戻して“再利用”する方法で、比較的早く骨を再建できます。また患者にとっては自分の骨で治すという安心感があります。2011年10月1日現在、全国で4施設が先進医療の実施施設として認可されています。

耐用年数に限界がある人工関節、回復に時間がかかる骨延長

 現在、骨欠損の再建で一般的なのが「腫瘍用人工関節(人工骨)」を用いる方法です。サイズの種類が豊富にあるので、骨が成長段階にある子供を除けばフィットする人工関節があります。比較的短期間で骨になじむため、ほかの再建法に比べ回復が早い点がメリットです。大腿骨の場合、初期の固定に優れる骨セメントを使えば、術後数日で全体重をかけることができます。しかし、耐用年数に限界があり、一般的に10〜20年ほどで新しい人工関節に入れ替えなければなりません。

 一方、人工物はできるだけ避けて、自分の骨で治す方法が、「生物学的再建術」です。大きく分類して、「骨延長」「骨移植」「骨処理」の3つの方法があります。

 まず、「骨延長」は、骨折が治るときの骨の再生能力を利用した方法です。骨折が治るときには、骨と骨の間に「仮骨」と呼ばれる、ゴムのように伸びる軟らかい骨が作られます。そのまま、強くくっつけていれば、仮骨が再生して骨になって骨折が治ることが知られています。

 腫瘍切除後、腫瘍があった部分とは別の正常な骨の部分でわざと骨折させると、仮骨が形成されます。「骨延長」の際には、骨折によって分離した骨を固定器で固定し、少しずつ引き離していくことで仮骨が引き伸ばされます。この伸びた仮骨から硬い骨が再生し、切除後の欠損を補う正常な骨が形成されます。この方法は、完全に自分の骨で再建する最も理想的な方法ですが、骨は1日1mmほどしか伸びないため、ほかの再建法よりも治療期間が長くなります。長期の固定器の装着は患者の負担も大きく、さらには骨を伸ばす際には速すぎず遅すぎず慎重に行わなければならないため、技術的にも難しい治療です。

 次に、「骨移植」は、亡くなった人の同じ部位の骨を用いる「同種骨移植」と自分のほかの部位の骨を用いる「自家骨移植」があります(表)。前者については、亡くなった人の骨の提供が十分にないなど、日本ではあまり普及していません。後者については、自分の骨を使うため、適合しやすいというメリットはありますが、ほかの部位から取るため、骨の量、形状、強度に限界があります。


骨形成因子の活性が保たれ、再生が早い「凍結処理」

 3つ目の「骨処理」は、腫瘍のある骨に何らかの処理をして元に戻す方法です(表)。骨の形は残したままで元の位置に戻すので、大きさや形は当然フィットします。基本的には再手術の必要はありません。


 「自家液体窒素処理骨移植」は、マイナス196℃の液体窒素に腫瘍のある骨を浸して腫瘍細胞を凍死させ、その骨を再建に用いる方法です。腫瘍のある骨を“丸ごと”液体窒素に浸す方法は、金沢大学の土屋弘行教授が独自に開発したもので、1999年から実施されています。


 腫瘍を死滅させる方法は、凍結処理のほかに60℃前後の温度で“ゆでる”「パスツール法(熱処理)」や「放射線処理」があります。パスツール法は温度管理が煩雑なこと、放射線処理は大規模施設が必要でコスト高というデメリットがあります。それに対し、液体窒素は皮膚科でイボを取る治療などに昔から使われていて、費用もほかの方法に比べて安価です。特殊な道具の必要もなく容易に行うことができます。

表●骨の再建方法


表●骨の再建方法

 あるデータによれば、骨処理の中で骨のたんぱく質の変性が最も少ないのが凍結処理とのことです。「液体窒素に浸せば正常な細胞も死滅しますが、骨形成因子の活性は保たれるため、骨が早く再生します。“死んだ骨”であっても元に戻して生きた骨とつながれば、そこから骨細胞が移行して、死んだ骨も数カ月で再生するとされています」と、順天堂大学医学部整形外科で、骨軟部腫瘍が専門の鳥越知明准教授は説明します。



骨切りが1カ所で済む「有茎処理」

 骨を液体窒素に浸す方法は2つあります。骨を2カ所で切断して腫瘍骨を切り取る「遊離処理」と、1カ所だけ切断して骨を突き出す「有茎処理」です。例えば大腿骨の場合、有茎処理はつけ根側だけを切り、もう一方は膝につながった状態で腫瘍がある部分を液体窒素に浸します(図)。

図●凍結処理の方法(例:大腿骨)
図●凍結処理の方法(例:大腿骨)

⑴腫瘍がある骨を切り出す(A)

⑵液体窒素に20分浸して凍らせる(B)

⑶室温で15分かけて徐々に解凍する

⑷蒸留水に10分浸して常温に戻す

⑸骨を元の位置に戻して内固定材料(インプラント)で固定する(C)

 有茎処理は、骨切りが1カ所のため、切断された骨がくっつかずに離れたままの状態でとどまる可能性が低く、切断していない骨から生きた細胞が移行するのに有利です。遊離処理の方が手技は簡単ですが、骨切りが2カ所になるため骨がつながるのに1年近くかかることもあるそうです。有茎処理は早ければ2〜3カ月で切断面がつながります。順天堂大学医学部附属順天堂医院(以下、順天堂医院)では、可能な限り有茎処理を選択しています。

 関節面を凍結処理すると軟骨細胞は再生せず、関節の機能が失われてしまいます。そのため膝関節など荷重のかかる関節には、関節面だけを人工関節に置換して処理骨と併用する再建を行います。前腕骨のような荷重がかからない骨の場合は、軟骨が死んでしまっても運動機能に問題はありません。

 手術時間はどの骨に腫瘍があるかによって異なり、短くて約2時間、長ければ8時間を超えます。入院期間は通常1カ月程度かかります。脚の骨の場合は、術後1週間頃から松葉杖で歩けるようになり、その頃からリハビリを始め、個人差はありますが術後2〜3カ月で松葉杖なしでも歩けるようになります。悪性度の高い肉腫の場合、手術の前後には化学療法を行います。術前の化学療法で悪性腫瘍を小さくすることができれば、より多くの骨を温存できます。治療費は、順天堂医院では、先進医療である凍結治療に係る自己負担分は5万8000円で、その他の入院費などの治療費には健康保険が適用されます。



骨の強度が一定以上あることが必要

 この治療の適応症は、骨軟部腫瘍切除後の骨欠損です。骨軟部腫瘍は、骨組織にできた「骨腫瘍」と、筋肉や脂肪などの軟部組織にできた「軟部腫瘍」に分けられます。悪性の骨軟部腫瘍は発症頻度が少なく、最も多い骨肉腫でも日本では年間200例ほどで、5年生存率は60〜70%と言われています。本治療は基本的にはどの部位の骨でもできますが、背骨は脊髄を傷つけるおそれがあるため手術できません。

 がんが転移した転移性骨腫瘍も対象になりますが、進行がんで余命が短い患者は一刻も早い回復を優先するため、松葉杖を使う期間を考えると本治療が最適な選択とは言えません。骨転移は、がんの進行が非常に遅いなど長生きできる見込みのあるケースに限られます。また良性の腫瘍でも再発を何度も繰り返す“準悪性”は治療の対象になると考えられます。

 この治療を受けるには腫瘍のある骨に一定以上の強度が必要です。がんで骨が破壊されて骨強度が著しく低下している骨を戻しても、荷重や運動に耐えられないからです。凍結処理は基本的には再手術の必要はありません。骨肉腫の発症は10代で最も多く、人工関節を使っても入れ替えの手術が必要になりますので、このような患者には本治療が適していると言えます。高齢者は、術後の生存期間を考えると入れ替えの必要はまずないので、高齢者には人工関節置換が適しています。術後のリハビリを早く開始でき、早期に回復できます。

 順天堂医院は2008年に本治療を開始、09年に先進医療の認定を受けました。これまでに11人の患者(10〜50代)を治療して術後2年が経過しましたが、凍結処理した骨に腫瘍が再発した事例は現段階ではありません。本治療を受けた患者は、「自分の骨で再建できる」ことに安心感があるようです。

 この治療のうち、順天堂医院が積極的に行っている有茎処理のポイントの1つは、「腫瘍のある骨をいかにうまく突き出せるか」にあります。骨の一方が体とつながった状態で、腫瘍以外の正常な部分が間違って液体窒素に触れないように処理しなければならず(図)、技術的には人工関節置換よりも難しい手術になります。液体窒素の処理法は確立していますが、骨を突き出すアプローチは腫瘍がどの骨にできたかによって工夫する必要があります。その点は“テーラーメード的な医療”と言えるかもしれません。「そこが術者の腕の見せ所でもある」と鳥越知明准教授は言います。

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