医学・医療最前線

脳放射線壊死によって生じた浮腫を分子標的薬で治療( 2011/08/24 )

※この技術は、2013年から悪性神経膠腫に対して保険適用になりました。

 脳腫瘍やがんの脳転移の治療で大きな威力を発揮している放射線治療。高い治療効果が期待できる反面、放射線の過剰照射により脳細胞が死滅(脳放射線壊死)することがあります。放射線壊死の周辺に生じた浮腫(ふしゅ。むくみのこと)はけいれんやまひなどの症状を引き起こすため、せっかくがんの治療がうまくいっても患者の生活の質を下げることになります。今回は、抗がん剤の一種である分子標的薬(特定の分子だけを狙い撃ちして治療する薬)のベバシズマブを用いて、この浮腫を治療する先進医療を紹介します。

放射線の過剰照射により脳細胞が死滅する脳放射線壊死

 放射線治療は脳腫瘍やがんの脳転移に対して非常に有効です。しかしながら、たとえ放射線治療によりがん細胞をなくしたとしても、放射線壊死の周辺に生じた浮腫が大きな問題を引き起こします。浮腫は脳を圧迫し、運動障害などを生じさせる原因となるからです。

  図1●脳放射線壊死によって生じた浮腫に対するべバシズマブ治療


図1●脳放射線壊死によって生じた浮腫に対するべバシズマブ治療

脳放射線壊死に対する分子標的薬のべバシズマブを用いた治療法。べバシズマブの投与は、放射線壊死した細胞の周囲にできた浮腫の治療に役立つ。手術では完全に浮腫を除去できない場合もある

 「現在、脳放射線壊死の標準的な治療として唯一存在するのは外科的治療です。ただし、手術は患者さんへの負担が大きく、浮腫の生じた部分を完全に切除できない場合も多いという問題があります」と語るのは、大阪医科大学脳神経外科の宮武伸一准教授です。手術以外の治療法としては、大量のステロイド療法や抗凝固療法などの薬物療法がありますが、これらの治療効果は限られるようです。

 この脳放射線壊死に対する抗がん剤の一種である分子標的薬のベバシズマブを用いた治療法「神経症状を呈する脳放射線壊死に対する核医学診断及びベバシズマブ静脈内投与療法」(図1)が、2011年4月に新たに先進医療に加わりました。

 ベバシズマブは、血管内皮細胞増殖因子(以下、VEGF)の働きを阻害する分子標的薬です。VEGFは、がん組織にもたくさん分泌されている因子で、がん組織が成長に必要な栄養を、新たな血管を作ることで得ようとしていると考えられています。そのようながん組織の特性を標的に、新たな血管が作られるのを阻害し、がん組織を“兵糧攻め”にするのが、VEGFの働きを止める分子標的薬のベバシズマブです。既に国内で、大腸がんや肺がんを対象に日常的に診療で利用されています。



VEGFを阻害する分子標的薬のべバシズマブは脳放射線壊死に対しても有効

 それではなぜ、脳放射線壊死に対して分子標的薬のべバシズマブを用いるのでしょうか。この疑問に、「壊死しかけた脳組織の周辺では、酸素が足りなくなっており、アストロサイトと呼ばれる細胞から、VEGFが分泌されることで、血管が作られます。しかしこの血管は脆くて、血液の成分がもれやすく、浮腫の原因になるのです。そこで、VEGFによる血管形成を妨げる分子標的薬のべバシズマブが有効となります」と宮武准教授は答えます。つまり、VEGFが不完全な血管を作り、壊死組織に酸素を運ぼうとして、これが浮腫を悪化させます。その不完全な血管を作らないようにさせるのがべバシズマブというわけなのです。

 宮武准教授が、既にがんの治療薬として市販されているベバシズマブが、脳放射線壊死に効く可能性があると考えていたところ、海外からその予想を支持する内容の論文が発表されたのです。その論文内容に勇気を得て、脳放射線壊死の患者18人にベバシズマブを投与したところ、全員によく効いたため、宮武准教授は、この成果を基に、先進医療に同治療法を申請しました。

 先進医療の対象となるのは、脳腫瘍や脳転移、もしくは隣接臓器の腫瘍に対する放射線治療後に生じた脳放射線壊死患者です。手術による治療が困難で、1カ月以上の既存の薬物療法(ステロイドや抗凝固療法など)が効かない患者を対象としています。

 浮腫のある部位を特定するには、MRIやアミノ酸PETが用いられます。ベバシズマブは、1回5mg/kg(体重1kgにつき5mg)を2週間毎に3回、点滴で投与します。点滴投与後に画像評価による治療効果判定を行い、効果が認められた場合に、さらに3回投与し、計6回の投与で治療は終了となります(図2)。

 なお、MRIは、体に磁気を当ててコンピューターで画像化する装置で、CTよりも詳しい検査をすることができます。一方で、アミノ酸PETは、初めにアミノ酸を投与し、投与したアミノ酸の集まった部位を光らせるという検査手法です。CTやMRIはすべての部位を見るのに対して、アミノ酸PETでは、悪い部位だけが光って見えるという特徴があります。

  図2●べバシズマブの投与手順


図2●べバシズマブの投与手順

べバシズマブの投与手順。1回5mg/kgを2週間毎に3回、点滴で投与する。点滴投与後に画像評価による治療効果判定を行う。効果が認められた場合に、さらに3回投与し、計6回の投与で治療を終了する

 宮武准教授は、これまで治療した患者の一例を紹介してくれました。「この患者さんは、放射線による壊死が運動野に生じており、壊死と浮腫の影響で歩くことができない状態でした。手術をすると脳の運動野を傷つけることになり、手足が動かなくなると予想されたため手術の適応とはならず、ベバシズマブで治療しました。3回投与を行った段階で、浮腫が改善し、歩けるようになったのです」。



脳のMRI写真

大阪医科大学附属病院における本先進医療4例目の患者のMRI写真。子宮がんからの脳転移に対して放射線治療後に生じた脳壊死について、3回のべバシズマブの投与で浮腫が著明に軽快し、造影域も減少しているのが分かる(写真提供:大阪医科大学脳神経外科・宮武伸一准教授)

 先進医療として同治療法の実施が認められているのは、これまでの大阪医科大学附属病院、京都大学医学部附属病院、木沢記念病院(岐阜県)の3施設に加え、2011年8月1日に新たに認められた筑波大学付属病院と千葉県がんセンターの合計5施設です。宮武准教授によると、さらに北海道大学附属病院、都立駒込病院、広島大学附属病院、熊本大学附属病院も、先進医療に申請する計画があるとのことです。これらの施設は多施設共同の臨床研究としてベバシズマブによる治療を行い、2年間で40人の患者を治療することを目標としています。

 体重が60kgの患者の場合、薬剤費だけでも90万円ほどの費用がかかります。臨床研究へ参加する形で同治療を受ける場合には、薬剤費の半額が研究費から補助されるとのことです。



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