医学・医療最前線

アルツハイマー病の予防~先制医療確立の試み( 2016/01/25 )

 認知症患者の過半数を占めるアルツハイマー病の予防やその進行を遅らせる試みが世界中で始まっています。「アルツハイマー病の根本治療(発症予防)は症状が出ていない、見かけ上、健康な段階から取り組む必要があります。医学的にしっかりとした根拠のある予防法を確立するために、健康な高齢者の方々の協力が欠かせません」と(公財)東京都医学総合研究所・認知症プロジェクト参事研究員の秋山治彦先生(日本認知症学会理事長)が語っています。

ポイント アルツハイマー病の予防の可能性

  • ・ 日本の65歳以上の高齢者の15%が何らかの認知症を有しています。その55%以上がアルツハイマー病といわれています。
  • ・ アルツハイマー病の患者さんの脳には「βアミロイド」と「タウ」という異常たんぱく質の蓄積が見られ、これらが脳の細胞を殺して認知症を引き起こすと考えられています。
  • ・ こうした脳の変化は発症の10~30年前から始まることが近年の研究で明らかになっています。
  • ・ 50歳代のまだ症状が出ていない段階で発見し、根本治療を行って脳病変の進行を止めることで認知症の発症を予防できます。

上手く料理が出来なくなる実行機能障害

 新聞やテレビなどでアルツハイマー病という病気の話を耳にすることが多くなりました。「あの人のお母さんがアルツハイマー病になったらしいよ」とか「最近アルツハイマー病気味で物忘れがする」など日常会話の中にも普通に登場するようになりました。

 アルツハイマー病は脳に「βアミロイド」や「タウ」という異常たんぱく質が長期間にわたり少しずつ蓄積していき、神経細胞が死に、そのため脳全体が萎縮する病気です。認知機能を司る脳の細胞を喪失することから、脳の機能が下がり、「記憶障害」や「実行機能障害」など様々な症状が出てきます。

 記憶障害は新しい事が覚えられなくなったり、以前は覚えていた事を忘れてしまったりする状態です。
 実行機能障害とは、家事や仕事の段取りが上手く出来なくなる状態です。例えば、料理などは、食材を用意し、刻んだり、焼いたり、蒸したりという作業を適切に順序立て、しばしば同時並行で行う、実は知的レベルがきわめて高い作業なのです。しかし実行機能障害が始まると、以前のよう上手く料理ができなくなってきます。

 そのほか「論理的な思考ができなくなる」「言葉が出てこない」「道に迷う」などの変化が現れてきます。やがて1人では日常生活ができなくなり、さらに進行すると寝たきりになることも珍しくありません。

 こうした一連の過程において、家族や介護者など多くの人の手助けが必要となり、膨大な社会的コストを要します。しかも日本では近々、団塊の世代がアルツハイマー病の発症が多く見られる70歳代に到達します。有効な対策を取ることは「待ったなし」の状況です。

 しかし、歳をとれば誰もがアルツハイマー病になるというわけではありません。なる人もならない人もいます。こうした違いが出てくる理由がわかれば、予防することにも道が開けるはずです。

まず血管を守ることが大切


今回お話を伺った東京都医学総合研究所
認知症プロジェクト参事研究員 秋山治彦先生

 「アルツハイマー病の予防を考える上で大変重要な研究報告が昨年、フィンランドから発表されました」と語るのは東京都医学総合研究所で長年、アルツハイマー病の発症の仕組みを研究してきた秋山治彦先生です。
 長年の疫学調査によって、アルツハイマー病には様々な危険因子があることが知られていました。

 1) 低教育水準
 2) 中年期の高血圧
 3) 肥満
 4) 糖尿病
 5) 低身体活動
 6) 喫煙
 7) うつ病

 これらの因子を改善すればアルツハイマー病の発症を予防できるのではないかと期待されます。100%予防できなくても、進行を遅らせることができれば、そのメリットは大きいです。
 「2020年から2050年の間に患者が倍増すると予想される英国において、病気の進行を5年遅らせることができれば、治療やケアにかかる社会コストをむしろ減らすことができると試算されています。何でも打てる対策をとって、少しでも病気の進行を遅らせることが重要です」と秋山先生は指摘します。

 フィンランドの研究は、いくつもの危険因子を同時に改善するライフスタイルを認知機能が僅かに低下気味の、しかし認知症ではない60~77歳の集団に、2年間にわたって取ってもらい、その効果を見極めたものです(“FINGER(フィンガー)研究”と呼ばれています)。例えば食塩は1日5g以下に抑え、アルコールは摂取カロリーの5%以下、蛋白・脂肪・糖質のバランスをとり、フルーツ、野菜、魚を摂取するというような食生活。週1~3回の筋肉トレーニング、週2~5回のエアロビクスエクササイズという運動プログラム。認知トレーニングも励行したほか、血圧、体重、腹囲測定も2年間の間に3回行われメタボや高血圧に対して適切な管理・指導がなされました。
 その結果、認知症の進行を示すスコアの一部が何もしなかった群(対照群)より良い結果を示しました。記憶については対照群との差を確認できませんでしたが、実行機能や処理速度は明らかに差がありました。このような認知症の危険因子への介入研究で統計学的に有意差を持って効果を確認できたことは進歩と言えます。
 フィンランドの研究グループは「食生活の改善、運動の励行、認知トレーニングや血管病予防などを組み合わせて実施することは認知機能の低下を遅らせることができる」と結論しています。

 実際には認知機能への効果は限定的でしたが、食事、運動、血圧、体重の管理は脳卒中や心臓病、糖尿病など様々な生活習慣病対策でも重視されています。「これらを日常生活の中で気をつけていくことは、少なくとも、行ってマイナスになることはありません。」と秋山先生は語ります。

2016年は日本のアルツハイマー病発症予防研究元年

 以上のような日常生活の中で危険因子を除く試みとは別に、脳へのβアミロイド蓄積そのものを薬によって減らすことで発症を予防したり進行を遅らせたりする、より根本的な試みが欧米を中心に始まっています。今年は日本からもそうした国際プログラムに参加することが決まっています。つまり、今年は日本にとっての「アルツハイマー病発症予防研究元年」ということができます。

 欧米のあるグループは、遺伝的にアルツハイマー病になりやすい家族性アルツハイマー病の保因者の方々に参加を求め、認知症を発症する前からβアミロイドを減らす薬を投与して、認知機能の低下速度を遅らせることができるかどうかを見極める研究を始めています。いくつかある研究の中の「DIAN(ダイアン)研究」というプログラムに日本からも参加する準備が進められています。

 一方、大多数を占める非遺伝性アルツハイマー病を対象とした治験も始まっています。しかし、この場合は認知機能が正常な高齢者、つまり一見、健康な人達の中から、アルツハイマー病の初期でまだ認知症の症状が出ていない人を精密検査によって見つけ出さなくてはなりません。精密検査には時間もコストもかかりますし、参加者の負担も大きく、それでいて何人かに1人しか対象者は見つかりません。そこで健康な高齢者に登録していただき、定期的にウェブなどで簡単な認知機能検査を実施します。毎年1回ずつ受けてもらい、認知機能や実行機能の低下傾向が疑われた場合に精密な検査を行います。このような仕組みをレジストリと呼びます。こうしてレジストリから絞り込まれたコホート(集団)では超早期のアルツハイマー病の患者さん(予備軍)が含まれている可能性が高くなります。
 発症までは行かないけれどもそのリスクの高い“発症前アルツハイマー病”の方々に効率良く新しい治療研究に参加していただくための方法なのです。「レジストリ研究に参加していただける方々の募集を、日本でも2016年中には開始できるよう、研究者は準備を進めています」と秋山先生は言っています。

 「こうした試みは欧米では既に始まっています。日本も出来る限り早く加わって、アルツハイマー病の根本治療薬開発に取り残されないようにする必要があります」(秋山先生)。

 FINGER研究のようなライフスタイルの改善には意思の強さが求められることもあります。レジストリ研究に参加することで認知症予防のモチベーションをさらに高めることができれば、社会貢献もできて一石二鳥といえるかもしれません。

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