胎児を育む羊水。その羊水を包む膜である羊膜には傷をきれいに治す力があることが知られています。その羊膜の移植で難治性の眼疾患を治療する先進医療があります。これは、「難治性眼疾患に対する羊膜移植術」と呼ばれる先進医療で、現在全国で17施設(2010年8月1日現在)が厚生労働省の定めに基づき、治療を行っています。
私たちの眼球の黒目の部分は角膜という光を通す透明な膜で覆われています。角膜は、ドームのような球面を形成しており、目の奥にある網膜に光を集める役割を果たしています。この角膜が何らかの原因で傷ついて透明性を失うと、眼球に光が入らなくなり視力低下や失明が生じます。
眼球の構造図
角膜は光を通す透明な膜で覆われている黒目の部分。角膜が何らかの原因で傷ついて透明性を失うと、眼球に光が入らなくなり視力低下や失明に至る
角膜が濁る病気はたくさんありますが、特に眼球とまぶたの癒着を伴うような病気は、手術をしても再び癒着や混濁が生じてしまい、従来の治療法では治すのが難しいといわれる疾患でした。
このような難治性眼疾患の治療のために登場したのが羊膜移植です。羊膜とは、子宮の一番内側にあり、羊水を保持している薄い膜です。古くから、やけど後の被覆や手術後に生じやすい臓器の癒着防止に有用であることが知られていました。ただし、現在は、出産時に廃棄されることがほとんどです。
この羊膜について、先進医療として羊膜移植を行っている慶應義塾大学医学部眼科学教室教授であり、眼科領域における再生医療の第一人者として知られる坪田一男氏は、「羊膜には、(1)血管がない(2)炎症を抑える働きがある(3)特別なコラーゲンでできており線維化(注)しない(4)拒絶反応が少ない――という特徴がある」と解説します。
(注)線維化とは、正常な組織がコラーゲン線維などに置き換わってしまい、その働きを失うこと
血管がなく透明であるため、羊膜は角膜への移植材料として適しています。また、炎症や線維化を抑える働きがあることから、術後の角膜の混濁や癒着を防止できます。さらに、傷の修復が早まることも確認されています。
加えて、羊膜は弾力性に富むため、眼球にきれいに縫いあわせることが容易という特徴もあります。
移植に用いる羊膜は、帝王切開予定の妊婦の同意を得た上で採取されています。帝王切開で胎児を取り出した後に摘出される胎盤から羊膜を剥離します。また、安全性を確保するため、ドナーとなる妊婦が肝炎ウイルスやHIVなどに感染していないことも確認します。
採取した羊膜は、滅菌して洗浄後、移植用に切り出されます。1回の帝王切開で、「20〜30人分の患者に移植可能な羊膜を採取できる」と坪田教授は語ります。採取した羊膜は、移植まで凍結保存します。
羊膜をシートとして、その上に角膜の輪部を載せ、角膜上皮の幹細胞を培養する例
羊膜移植の方法としては、眼球に直接縫いつける方法と、一時的なカバーとして用いる方法の2種類があります。
羊膜を直接縫いつける場合、縫いつけた羊膜は、患者自身の上皮細胞がその上に伸長するための足場となり、瘢痕形成のない(いわゆるケロイドのような傷が残らない)スムースな眼表面を再生するために有用といわれています。また、角膜移植に羊膜移植を組み合わせ、角膜移植の成功率を高める治療法もあります。ちなみに、移植した羊膜は、徐々に患者本人の組織に置き換わっていくと考えられています。
羊膜移植の図
角膜が傷ついて透明性を失った眼球(手術前)に、羊膜を移植し(手術後)角膜の再生を促す
一方、一時的なカバーとして用いる方法は、外傷が生じた初期に利用されることが多い治療法です。羊膜には炎症や線維化を抑える成分が含まれるため、カバーとして用いると、その成分が羊膜からしみ出て、患者自身の組織がきれいに再生することを助けます。一般的に、羊膜で覆う期間は1〜2週間程度、その間に患者の組織が再生・治癒します。組織の再生が確認された後、羊膜は取り除きます。
先進医療として羊膜移植が認められているのは、難治性の眼表面の疾患です。化学物質や熱などで角膜が傷ついた場合や、結膜(黒目の縁の部分)が角膜を覆うように増殖し、視野を遮る翼状片という病気が再発・難治化したものなどが多いようです。
慶應義塾大学病院における羊膜移植の実績は、2008年1月から2010年7月で47件。羊膜移植の先進医療部分の技術料(治療費)は、17万6300円となっています。
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