1型糖尿病は、自己免疫により膵臓の細胞が破壊され、血糖値を調整するホルモン「インスリン」を分泌できなくなる病気で、多くの場合、インスリン注射が必要になります。治療法の一つに
※膵島:膵臓の中でインスリンを分泌する部分
ポイント
糖尿病は、血糖値を調整するために必要なホルモン「インスリン」が不足したり、十分に作用しなくなったりすることで、血糖値が慢性的に高くなる病気です。放置すると、全身の血管が傷つき、さまざまな合併症を引き起こします。
糖尿病には1型糖尿病と2型糖尿病があります。「糖尿病」と聞いて多くの人がイメージするのは、インスリンが出にくくなったり効きにくくなったりする2型糖尿病でしょう。「生活習慣病」とも呼ばれることから、「不摂生が原因で糖尿病になる」と思われがちですが、食事や運動、体型などに関わらず、2型糖尿病になりやすい体質の人がいることを知っておく必要があります。そして、このような人でも、健康的な食事や運動など生活習慣を工夫することで糖尿病を予防できることから、生活習慣病と呼ばれているのです。
一方、1型糖尿病は、自分の体を守るはずの免疫機能によってインスリンを分泌する細胞が壊されてしまい、体内でインスリンを作れなくなる病気です。原因は完全には解明されていませんが、生活習慣とは関係なく、ウイルス感染などが引き金となって発症すると考えられています。2型糖尿病に比べると有病者数は少ないですが、国内には10万~14万人の1型糖尿病をもつ人がいると推計されています。子どもから大人まで、どの年代でも発症する可能性があります。
1型糖尿病になると、多くの場合、自己注射でインスリンを補う必要があります。しかし、インスリンを注射しても血糖値が安定しないケースもあります。血糖値がうまくマネジメントできないと、血糖値が下がりすぎて他人の助けがなければ回復できない状態(重症低血糖)に陥り、命に関わる場合もあります。
このような場合には、「膵島移植」が検討されます。インスリンは膵臓の中にある「膵島」という部分で作られます。膵島移植では、亡くなった人から膵臓を提供してもらい、インスリン分泌に関わる膵島の細胞だけを分離して、肝臓の血管(門脈)から注入します。移植後は血糖値が安定しやすくなり、インスリン注射が必要なくなるケースもあります。膵島移植は2020年から公的医療保険の適用対象となっていますが、日本では膵臓を提供してくれる人(ドナー)が慢性的に不足しており、年間数件しか移植が実施できていないのが現状です。そのため、ドナーが現れるのを待たなくても実施できる治療法が求められています。
このような課題を解決するために、京都大学医学部附属病院では、iPS細胞を使った治療法の開発を進めています。
この治療法では、まずiPS細胞から膵島細胞を作ります。この膵島細胞は、大量に培養して凍結保存することが可能です。凍結しておいた膵島細胞を解凍して薄いシート状に加工し、この膵島細胞シートを対象となる人の腹部の皮下に移植します。移植を受けた人は、免疫抑制剤を服用する必要があります。
膵島移植の場合はドナーが現れるまで待つ必要がありますが、iPS細胞を使った今回の治療法であればドナーを探す必要がありません。膵島細胞の解凍から移植までの期間は2週間程度ですので、必要なタイミングでスムーズに治療を受けられるようになります。そして、治療を受けることで血糖値が安定し、重症低血糖のリスクから解放されることが期待されます。
iPS細胞から作った膵島細胞は、動物では血糖値を正常化させる効果が確認されています。しかし、ヒトを対象とした研究はまだ始まったばかりです。現在、膵島移植の対象となるような1型糖尿病を持つ人(体内でインスリンを作れず、インスリン注射でも血糖値がうまくマネジメントできない人)3人を対象に、膵島細胞シート移植の治験が実施されています。2030年代の実用化を目指して、今後も研究が続きます。

京都大学医学部附属病院糖尿病・内分泌・栄養内科教授 矢部大介先生
糖尿病の治療は、技術の発展とともに進化してきました。最近では、「インスリンポンプ」という機器を使うことで、必要な量のインスリンを自動的に体内に注入できるようになり、以前よりも血糖値のマネジメントがしやすくなりました。
このような治療技術の進化に伴い、糖尿病がある人の寿命は延びています。「糖尿病があると早死にする」と思われることが多いのですが、今では、早期から適切な治療を受けていれば、糖尿病のない人とほぼ同じぐらい長生きできるようになってきています。
ただ、1型糖尿病に限ると、依然として糖尿病のない人よりも寿命が短くなっています。「1型糖尿病をもつ人も糖尿病のない人と変わらない生活や寿命を手に入れられるようにするためにも、新しい治療法の開発が必要だと考えています。我々だけでなく、海外でもiPS細胞やES細胞(受精卵から作られ、人間のさまざまな組織・臓器の細胞になれる多能性幹細胞)などの多能性幹細胞を使った治療法の開発に取り組んでいるチームが複数あり、今後の実用化が期待されています。将来的には、糖尿病を気にせず生きられる未来がやってくるかもしれません」(矢部先生)。