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脳卒中の今

「循環器病対策推進基本計画」を推進し、健康寿命を延ばそう (2021/03/26)

 2020年10月末に「循環器病対策推進基本計画」が閣議決定されました。今後、各都道府県で具体的な計画が作られる予定です。これからの脳卒中・心臓病対策はどのように進められるのでしょうか。医療法人医誠会理事・臨床顧問、医誠会病院特任院長補佐の峰松一夫先生に伺いました。

健康寿命の延伸を目指して

 「循環器病対策推進基本計画」(以下、基本計画)は、脳卒中・心臓病などの循環器病について、国の対策の基本的な方向性を明らかにしたものです。「脳卒中・循環器病対策基本法」が2018年に成立、2019年に施行されたことに基づいて策定されました。この基本計画を基に、2021年春から、都道府県ごとに地域の実情に合わせた具体的な計画が作成され、実行される予定です。
 基本計画では「2040年までに3年以上の健康寿命の延伸、年齢調整死亡率(※)の減少」という全体の数値目標が掲げられました。

 (※)年齢調整死亡率:年齢構成の異なる地域間で死亡状況の比較ができるように、年齢構成を調整した死亡率(人口10万対)のこと。

 健康寿命とは、寝たきりなど健康上の問題がなく自立した生活が送れる期間を言います。日本の平均寿命は延びましたが、健康寿命と平均寿命の差、つまり「健康でない期間」が男性では約8.8年、女性では約12.4年(2016年)もあることが問題となっています。

 2025年には第1次ベビーブーム世代(1947〜49年生まれのいわゆる「団塊の世代」)が75歳以上の後期高齢者となり、医療や介護のニーズが急増すると予測されています(2025年問題)。さらに2040年になると、第2次ベビーブーム世代(1971〜74年生まれの「団塊ジュニア世代」)が65歳を過ぎ、65歳以上の高齢者人口がピークを迎えます。一方で、65歳未満(いわゆる労働人口)が激減し、これに伴う労働力不足や社会保障の支え手不足によるさまざまな問題(2040年問題)が懸念されています。

 超高齢社会を生きる私たちにとって、「いかに健康寿命を延ばし、平均寿命との差を短縮していくか」が喫緊の課題となっているのです。
 2018年の人口動態統計によると、心臓病は死亡原因の第2位、脳卒中は第4位で、両方を合わせると、がんに次ぐ大きな死亡原因となっています。また、2019年の厚生労働省「国民生活基礎調査」によると、介護が必要となった主な原因に占める割合で最も多いのが脳卒中・心臓病(両方を合わせて20.6%)で、医療費増加の要因にもなっています。循環器病の年齢調整死亡率は、治療法の進歩などによって年々減少傾向にありますが、脳卒中も心臓病も加齢とともに患者数が増えるため、高齢化によって死亡実数は増えていくことが予想されます。高齢者人口がピークを迎える2040年ごろの将来を見据えて、より一層の対策が必要です。

基盤は診療情報の収集とサービス提供体制の整備

 基本計画の中でも、最優先課題として挙げられたのは、「循環器病の診療情報の収集・提供体制の整備」です。国のがん対策においては法律に基づいて「全国がん登録」制度が整備され、がんの罹患数、生存率、経過などに関する情報が国のデータベースで一元管理されています。一方、循環器病ではこれに相当するような仕組みが未だになく、対策の基礎となるデータが不十分です。より戦略的な計画を立てるためにも、公的な情報収集の枠組みを構築することが必要です。
 そのうえで、目標を達成するための鍵となる施策の柱が「予防や正しい知識の普及啓発」「サービス提供体制の充実」「研究推進」の3つです。サービス提供体制については10項目の取り組むべき重要な施策が挙げられました。

循環器病対策推進基本計画の概要

全国どこでも同じ質の医療が受けられる体制へ

 循環器病は予防、急性期(治療)、回復期から慢性期といった大きく3つのフェーズに分けられます。これらについて見ていきましょう。
 まず、急性期(治療)に関しての施策のポイントは、「全国どこにいても同じ質の医療が受けられる体制の整備」です。循環器病は「時間との勝負」の側面が大きいからです。例えば脳梗塞の場合、発症から4.5時間以内にt-PA(組織プラスミノーゲン・アクティベータ)という血栓を溶かす薬を使えるかどうかで、症状の経過や結果が変わってきますが、4.5時間以内の実施率はなかなか上がらず、世界脳卒中機構が目標としている「先進国で約20%の実施率」と比べても遅れています。専門病院が多く、既に救急搬送のためのネットワークを構築・運用している都市部では実施できても、まだ一度もt-PAが使われたことのない地域があるなど、地域格差も大きいのが実情です。
 日本脳卒中学会は、24時間365日t-PA投与が可能な医療機関を「1次脳卒中センター」として認定するなど、以前から救急医療体制の整備を進めてきましたが、法律に基づく国の基本計画が策定されたことによって、よりスピード感を持って前進することが期待されています。

 医療体制の面でいうと、現状では地域によって医療資源が偏在しているという問題もあります。医療機関はあっても専門医がいない地域もあれば、都市部のように救急体制は整備されていても回復期のリハビリテーション施設が少ないエリアもあるなど、地域ごとに実情はかなり異なります。医療体制が整っていない地域は複数の病院で連携をとり24時間体制での対応を行う、あるいは住民に手遅れにならない行動をとってもらうための啓発活動を進めるなど、実情に合わせて対策に優先順位をつけ、バランスのとれた医療提供体制の構築を目指します。

急性期から慢性期まで幅広い対策を総合的に推進

 次に回復期から慢性期についてです。循環器病は後遺症や、再発・合併症・重症化の可能性もあることが特徴です。前述のように、急性期は素早く医療機関に運び、適切な治療を施すことで命を救い、後遺症を負わないようにすることが可能になります。一方、回復期から慢性期には、後遺症を抱えて、自立生活が困難な脳卒中患者に対する継続的なリハビリテーションが必要ですし、再発や増悪ぞうあくを繰り返さないための生活習慣の改善、服薬管理なども重要になります。また、例えば心不全のように、増悪を繰り返しながら末期には補助人工心臓や心臓移植が必要になるような疾患もあります。こうした場合には、心理面のサポートや家族の負担軽減などを視野に入れた緩和ケアの充実も課題の一つです。
 さらに、後遺症のある人に対する生活の支援や介護、治療と仕事の両立支援、小児期から必要な健康教育を行う体制の整備など、循環器病のさまざまな特徴を踏まえて、幅広い対策を総合的に推進することが求められます。これには医療だけではなく、看護や介護、心理、教育、職域などさまざまな分野が連携して、社会全体で、きめ細かな取り組みを進めていかなければなりません。
 なお、基本計画は少なくとも6年ごとに、どの程度実行できたかを検討し、見直すことが法律で定められていますが、各都道府県の計画は、関係する諸計画(医療計画、医療保険や介護保険)との調和がとれている必要があることから、今回の基本計画の実行期間については2022年度までの3年を目安とし、見直しが行われる予定です。

予防や発症時の対応は、正しい知識を持つことから

 最後に、予防と啓発についてです。
 一般の人にとって最も重要なのは、「循環器病に関する正しい知識を持ち、発症を防ぐこと」です。循環器病は生活習慣の改善によって予防できる可能性が大きい疾患です。万が一、発症した場合はためらわずに救急車を呼び、一刻も早く医療機関に運ベるかどうかで予後が大きく変わります。少なくとも「コロナ禍だからとためらわず、脳卒中や心臓病と思われる症状が起こったら早急に救急車を呼ぶことが必要」といった意識を持ち、周りの人にも広めていただきたいと思います。しかし、特に30〜40代は育児や仕事で多忙な時期でもあり、こうした知識を得る機会が少ないという課題があります。知識を持つことによって発症を減らせる可能性も大きいため、働き盛りの世代や子ども・若者に向けて、オンラインを活用した遠隔セミナーなどを含めて、職域や学校での啓発活動を工夫して展開していくことが大切です。
 基本計画は、網羅すべき循環器病対策が盛り込まれた設計図のようなものです。課題は山積みですが、一方で、できる対策がたくさんあり、計画に基づいて施策を確実に実行すれば、健康寿命は延び、状況は改善していくと期待されています。コロナ禍の影響で、計画策定の遅れが見込まれる都道府県があったり、救急医療が逼迫して脳卒中患者の受け入れが困難になったりするという厳しい現実もありますが、2025年問題は待ったなしの状況です。可能な限りコロナ対策と同時進行で作業を進めましょう。循環器病対策の歩みを止めるわけにはいきません。一人ひとりが関心を持って、できることを積み重ねていきましょう。

予防や発症時の対応は、正しい知識を持つことから

医療法人医誠会理事・臨床顧問、医誠会病院特任院長補佐、国立循環器病研究センター名誉院長、公益社団法人日本脳卒中協会理事長の峰松一夫先生



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