近年目覚ましい進歩を遂げている抗がん剤ですが、効く・効かないには個人差があり、すべての患者に効果が認められるわけではありません。効果のない抗がん剤の使用は医療費の高騰につながるばかりか、副作用が出れば患者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)が低下してしまいます。こうした問題を解決するため、抗がん剤を投与する前に、個々の患者にとって効果があるかどうかを検査するのが抗がん剤感受性試験です。公益財団法人がん研究会有明病院(以下がん研有明病院)では、2008年1月に胃がんの抗がん剤感受性試験を先進医療として実施する認可を受け、09年4月からすべてのがん種に適応を拡大しました。
がんの治療は一般に、外科手術、薬物療法、放射線治療という3大治療法があり、最近では第4の治療法として免疫療法にも注目が集まっています。その中の薬物療法は、抗がん剤を使う治療です。抗がん剤の治療では、まず標準治療として治療効果が認められている抗がん剤が投与されます。ところが、患者によってはその抗がん剤が無効である場合や、初めは効いていても次第に効かなくなることがあります。また、手術などでいったん治療ができたかのように見えても、いずれそのがんが再発することもあります。そうした場合には、別の抗がん剤を選ばなくてはなりません。
しかし、次の候補として採用すべき抗がん剤に関しては、科学的なエビデンスに基づいた明確な指針が示されているわけではありません。そのため、第2選択として将来どの抗がん剤を選択すべきかについて、最初の抗がん剤治療の前にその患者に効果のある抗がん剤を把握しておこうというのが、抗がん剤感受性試験なのです。つまり、感受性試験の結果にかかわらず、最初に投与する抗がん剤は有効性が科学的に実証されている標準治療薬になり、試験の結果はあくまでも最初の抗がん剤が効かない場合や、将来再発した場合に、ある抗がん剤を選択する根拠となります。
抗がん剤感受性試験は、患者1人ひとりに合わせたテーラーメード治療のための検査であり、従来の経験に基づく薬効療法よりも抗がん剤治療の成功率の向上が期待されます。ただし、今のところ抗がん剤感受性試験の結果は、抗がん剤を選択するための「参考情報」という位置付けです。試験の結果で効くと判定された抗がん剤が臨床的にも有効であり、実際に患者の延命に寄与するかどうかは厳密には未だ証明されておらず、研究段階にあります。
抗がん剤は副作用が非常に強い薬剤ですから、患者としては、効果が大きく副作用が少ない抗がん剤を希望するものです。抗がん剤感受性試験では効く・効かないを予測し、副作用が出る・出ないまでも分かるものではありませんが、効かない抗がん剤を使って副作用が出た場合、患者は肉体的にも精神的にも苦しむことになります。抗がん剤感受性試験を行うことによって「明らかに効かない」薬剤が明らかになれば、その薬剤の使用を控えることにより、副作用のリスクを回避することができます。その結果、患者のクオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)の維持と医療費の削減が可能になるでしょう。
DseA-3D®キットを使用した抗がん剤感受性試験の方法

TGPゲルは、あらかじめ設定した一定温度(通常10〜25℃前後)以上で液体から固体に変化するため、がん組織をゲル内に固定することが可能となる。TGPゲルでは固形がん(血液がんを除くがん)組織は3次元的に増殖するが、一方がん細胞以外の細胞は増殖しないという特性がある。各抗がん剤を添加して一定期間培養した後に、がん細胞の生存率の測定結果に基づき、抗がん剤に対する感受性と非感受性を決定して有効性を判定する(図版提供:がん研有明病院)
抗がん剤感受性試験では、実際のがん患者から採取したがん組織(細胞)に抗がん剤を与えて培養します。従来さまざまな手法による抗がん剤感受性試験が行われてきましたが、それらはがん細胞以外の細胞(繊維芽細胞<コラーゲン、エラスチン、ヒアルロン酸>を作り出す、真皮内にある細胞>など)も増殖させ、あるいはがん組織の酵素処理によりがん細胞の活性を低下させてしまうため、試験精度への影響が懸念されるものでした。また最近の研究で、がんの増殖や転移にはがん細胞の周囲の間質の影響が大きいことが分かってきました。試験法によっては取り出したがん組織を酵素処理によりバラバラの細胞に単離し、間質を除いた生体内の環境と異なる状態で培養することも、精度を下げる要因と考えられます。
理想的な抗がん剤感受性試験とは、(1)「効果あり(陽性)」と判定された薬剤を実際に投与して効果が認められた真陽性率と、(2)「効果なし(陰性)」の判定通りに効果が認められなかった真陰性率が、どちらも高い試験です。両者の臨床効果を正しく予測できた正診率が高ければ、試験精度が高いと言えます。従来の抗がん剤感受性試験の全国調査の報告では、真陰性率は93%ですが、真陽性率は47%にとどまり、正診率は74%でした。
がん研有明病院で行っているのは、DseA-3D®キットを使用したHDRA法というものです。この方法は熱可逆性ゲル(TGPゲル)という特殊なゲルを使うことで、生体内に極めて近い環境で培養することができます(図)。培養法の改良で従来法の課題はほぼ解決されます。また従来法の抗がん剤濃度は1種類のみで、定性的(効くか効かないか)な判断しかできませんでしたが、この方法は各抗がん剤を4段階の濃度で実施し、定量的(どの量で効くのか)判断ができるため、より正確な効果判定が行えます。聖マリアンナ医科大学病院でもがん研有明病院と同じ方法が先進医療に認定されており、抗がん剤感受性試験を実施していますが、転移した大腸がんに対する効果を予測した報告によれば、真陽性率90%、真陰性率91%、正診率90%という高い結果でした。
次に、がん研有明病院が行ったHDRA法の有用性試験の一部を紹介します。
進行胃がん患者22人を対象としてシスプラチン(胃がんの抗がん剤治療の第2選択薬剤)の臨床効果を予測する目的で本感受性試験を行いました。全例にシスプラチンを投与しましたが、1年後の時点でシスプラチンが有効(陽性)と判定された患者18人中17人が生存していたのに対し、シスプラチンが無効(陰性)と判定された患者8人中の生存者は4人でした。
また、胃がんの術後補助療法にTS-1(第1選択薬剤)を投与した36人を対象として5-FU(TS−1の構成成分の1つ)の感受性試験を行いました。1年後の時点で、5-FUが有効(陽性)と判定された患者27人中16人が無再発で生存していたのに対し、5-FUが無効(陰性)と判定された患者9人中の無再発生存患者は4人でした。本試験の結果は、予後を予測する参考になると思われます。
現在、がん研有明病院ではさまざまながんを対象にこの試験の有用性の研究が行われています。胃がんはほかのがんに先行して試験を実施しており、約150例を数えます。
抗がん剤感受性試験を受けるためには、将来抗がん剤治療を受ける予定があり、手術や生検などでがんの一部が採取できることが条件になります。11年4月1日現在、抗がん剤感受性試験(CD-DST法またはHDRA法)の先進医療の認可を受けている医療機関(自らその全部を実施する保険医療機関)は全国に20施設あります。このうちDseA-3D®キットを使用したHDRA法を行っているのはがん研有明病院と聖マリアンナ医科大学病院の2施設のみです。
がんの種類を問わないのはこの方法の特徴の1つです。試験結果は約2週間で出ます。採取された組織量によりますが、がん研有明病院で同時に測定できる薬剤数は5種類までで、一律22万4000円です。試験のために組織を採取する処置は保険診療として行われ、費用は通常の医療費となります。
本レポートは、がん研究会有明病院消化器内科の星野惠津夫部長、婦人科の竹島信宏副部長、乳腺センター外科の蒔田益次郎副部長への取材をもとに構成しました。
がんを凍死させ、自分の骨で欠損部を再建する
家族性アルツハイマー病の遺伝子診断
脳放射線壊死によって生じた浮腫を分子標的薬で治療
お腹の赤ちゃんを救う双胎間輸血症候群への子宮内レーザー治療
“見張り”リンパ節の観察で胃がんの切除範囲を的確に決定
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難病の脂肪萎縮症を救うレプチン補充療法
失った歯周組織を再生し、本来の構造と機能を回復
内科的治療で体重をコントロールできない高度肥満者への減量手術
C型肝炎に対する効果の見込めないインターフェロン投与を回避
内視鏡で早期大腸がんを治療する
再燃した前立腺がんの一部に有望ながんワクチン
赤ちゃんを包む羊膜が失明回避に大活躍
うつ病の客観的な診断を目指す光トポグラフィー検査
骨折の治療期間を3〜4割早める「超音波骨折治療法」
ロボットが手術する前立腺がん摘出術
一人ひとりの体質に合わせた除菌率100%の「ピロリ除菌療法」
白内障と同時に老眼も治療できる「多焦点眼内レンズ」
重度の尿失禁を治す唯一の治療法「人工尿道括約筋の埋め込み術」
椎間板を焼いてヘルニアを引っ込める「経皮的レーザー椎間板減圧術」
「自己腫瘍・組織を用いた活性化自己リンパ球移入療法」
先進医療の「インプラント」はどこが違う?
単に「進んだ医療」ではない「先進医療」