医学・医療最前線

失った歯周組織を再生し、本来の構造と機能を回復( 2011/01/31 )

 日本人の4人に3人が罹患していると言われる歯周病。進行すると歯を支える骨が溶けるなど、歯の土台の歯周組織が破壊され、歯を失うこともある病気です。しかし近年、歯周病治療は急速な進歩を遂げています。病気の進行をくい止めるだけでなく、本来の構造や機能に戻すことを目的とした治療が、今回紹介する先進医療の「歯周外科治療におけるバイオ・リジェネレーション法」です。従来の治療に比べ、短時間で低侵襲な外科治療が可能になりました。

依然として罹患率が高い歯周病

 厚生労働省の歯科疾患実態調査(2005年)によれば、プロービング(歯周ポケット<歯と歯肉の間にある溝>の深さ測定)後の出血や歯石の沈着など、歯肉に所見のある人の割合は全体の約75%、40代〜60代では約85%にも上ります。

 歯周病の多くは軽症で、正しい歯磨き、定期的な検査と歯科医や歯科衛生士による口腔清掃を行えば治ります。ところが、歯周病は“静かなる病気”と呼ばれるように、初期の段階でははっきりした自覚症状がありません。「何だか歯がぐらつく」と気づいたときにはかなり進行していることが少なくありません。う蝕(虫歯)は減少傾向にありますが、歯周病は罹患率が高いままです。最近では10代の半数以上に歯周病の症状が見られ、歯周病が低年齢化しています。これでは将来、進行した歯周病患者を増やしかねません。

  図1●フラップ手術後の治癒形態


図1●フラップ手術後の治癒形態

フラップ手術では、回復が一番速い歯肉上皮が、ほかの組織を押しのけて歯に付着する(上皮性付着)。本来、歯槽骨や歯根膜、セメント質が回復するはずのスペースが先に歯肉で埋まってしまうため、本来の構造に比べ、物理的な刺激に弱い。(資料提供:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の和泉雄一教授)

 歯周病は、歯の土台である歯周組織(歯肉、歯根膜、歯槽骨、セメント質)に炎症が起こり、徐々に破壊される病気です。進行すると骨が溶けてなくなり、「骨欠損」の状態になります。こうした症例に広く行われてきたのが「歯肉剥離掻爬(そうは)術(フラップ手術)」です。文字通り、歯肉を切開し、はがしてひっくり返し、歯肉の下の、歯周ポケットの深い部分に隠れている歯垢(プラーク)や歯石を機械的に除去します。

 ただし、フラップ手術は病気の進行は止められても、骨は失われたままです。フラップ手術の後、歯周組織においては手術後の回復のために、歯肉、歯根膜や歯槽骨からの細胞が増殖を開始します。すると、一番増殖スピードが速い歯肉の上皮細胞がほかの組織のスペースに侵入し、再生を邪魔してしまうのです(図1参照)。そのため歯周組織本来の構造と機能は復元されません。



「修復」より「再生」に期待

図2●バイオ・リジェネレーション法施術後の治癒形態
図2●バイオ・リジェネレーション法施術後の治癒形態

新たにセメント質が形成され、そこに線維がしっかり入り込み、健康な歯と同様の構造に回復する(線維性付着)。(資料提供:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の和泉雄一教授)

 そこで開発されたのが、フラップ手術のような「修復」ではなく、破壊された組織を元の状態に回復させ、機能を発揮させる「再生=リジェネレーション」を目指す治療です。歯周組織はもともと代謝が活発で、うまく再生を誘導すれば、健康な状態に近いところまで回復が可能です。

 歯周組織の再生を目指す治療法の1つである「組織再生誘導法(Guided Tissue Regeneration:以下GTR法)」は、「特殊な膜」で骨の欠損部を覆って歯肉の侵入を防ぐことで、本来再生されるべき細胞の形成を促します。しかしながら、手技が非常に煩雑であるのが難点です。

 GTR法で使用する特殊な膜は、患者の骨欠損部に合うようにその都度トリミングします。事前にX線写真やCT画像を使うことによってある程度の形は予測できますが、骨欠損部に合うようにぴったりの形にトリミングする作業は、実際に歯根と歯槽骨の状態を確認しなければできません。ここでかなり時間がかかってしまうのです。また、巻き付けた膜が術後、歯肉上に露出しないよう注意深く縫合するなど、非常に高度で繊細な技術が必要とされます。


 こうした難点を克服し、先進医療にも認定されているのが「歯周外科治療におけるバイオ・リジェネレーション法」です。この治療法は、「エムドゲインゲル(一般名:エナメルマトリックスデリバティブ)」という医療材料を、歯槽骨がなくなった部分に塗布して歯肉の侵入を防ぎ、歯周組織の再生を促すというものです(図2参照)。エムドゲインゲルは、セメント質の形成にかかわるたんぱく質を主成分とした歯周組織再生誘導材料で、幼若ブタの歯胚(歯と歯周組織のもとになる細胞)から精製されます。

写真1●エムドゲインゲルを使用した治療

写真1●エムドゲインゲルを使用した治療

歯根面を徹底的にきれいにしたら(ここまではフラップ手術やGTR法と同じ:A)、あとは骨欠損部にエムドゲインゲルを塗布し(B)、素早く縫合するだけ(C)。材料はあらかじめシリンジ(注射器の筒部分)に充填されており、作業は非常に簡便で、歯科医にとっても患者にとっても負担が軽減される。(資料提供:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の和泉雄一教授)

組織学的にも健康な状態に近い構造を再生

 組織学的にみると、エムドゲインゲルで新たに作られたセメント質には、歯の固定に重要な役割を担う「無細胞性」セメント質が形成され、健康な歯に類似の構造をしています。一方、GTR法で形成されるのは、多くは「有細胞性」セメント質です。「再生」という観点でいえば、セメント質の細胞学的構造や線維の走り方が組織学的に優れているのはバイオ・リジェネレーション法。GTR法は「組織再生誘導法」と呼ばれますが、厳密に言えばそこで起こっていることは「再生」ではなく、むしろ「修復」です。セメント質の細胞の配列が乱れていたり、線維がしっかり入り込んでいなかったりするため、本来の機能を十分に果たしにくいのです。

 また、バイオ・リジェネレーション法は医療材料を注入すればよく、手技としては簡便です(写真①参照)。GTR法は1本につき1時間程度かかりますが、バイオ・リジェネレーション法は30分程度で終わります。また、GTR法では膜を設置するのに、かなり大きく歯肉を開かなければなりませんが、バイオ・リジェネレーション法は薬剤を注入するのに必要な切開で済みますので、低侵襲であるといえます。短時間で低侵襲な手術は、1度に複数の歯を治療する場合にメリットが大きくなります。

 エムドゲインゲルは、日本では1998年1月に医療用具として承認され、これを使ったバイオ・リジェネレーション法は07年10月1日、東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の和泉雄一教授の尽力によって先進医療に承認されました。11年1月1日現在、全国で12の医療施設が先進医療として実施しています。東京医科歯科大学歯学部附属病院の年間症例数は約90件で、先進医療部分の費用(自己負担分)は、1本当たり4万8000円です。

 同院でこの治療を受けるには、最初にまず歯周病の基本治療である口腔清掃指導、スケーリング(プラークと歯石の除去)とルートプレーニング(歯根の表面を滑らかにして汚れを付きにくくすること)を行い、歯周病の原因である歯の汚れを除去します。それでも改善が見られない場合に、バイオ・リジェネレーション法をはじめとする歯周外科治療を検討するのです。それでは、バイオ・リジェネレーション法の適応症はどのように定められているのでしょうか。

狭くて深い「垂直性」の骨欠損に有効

 歯周病は、炎症が歯肉部分に限られる「歯肉炎」と、歯根膜や歯槽骨、セメント質にまで広がった「歯周炎」があります。バイオ・リジェネレーション法の適応症は、進行した歯周病、つまり、歯周炎の重症度が中等度以上で、骨の欠損部の一部が極端に狭い「垂直性」です(写真2参照)。骨が全体的になくなっている「水平性」の骨欠損は先進医療の適応外になります。

写真2●治療前と治療後のX線写真
写真2●治療前と治療後のX線写真

効果の有無は、「クリニカルアタッチメントレベル」(エナメル質とセメント質の境目の部分からポケット底までの 距離)、「歯周ポケットの深さ」とX線写真による歯槽骨の改善具合などで判定する。術後18カ月のX線写真を見ると、歯周ポケットが浅くなり、歯槽骨が再生されていることがわかる。通常、術後1年ほどで効果が明らかになる。(資料提供:東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科歯周病学分野の和泉雄一教授)

 「水平性」ではなく「垂直性」の骨欠損に有効な理由は次の通りです。歯周組織が再生するためには、その部分に血液や必要な細胞が供給されなければなりません。骨が欠けた部分を“器”に例えると、「垂直性」は“深いコップ”です。血液を貯めやすいので、骨や歯根膜の細胞が再生しやすい環境をつくることができます。一方、「水平性」の骨欠損はいわば“浅い皿”で、血液を貯めにくいため、再生しにくい環境にあると考えられます。

 歯根面に対する骨欠損の角度が、22度以下の狭いケースでは有効性が顕著である一方、36度以上の広いものでは効果があまり見られなかったという報告があります。また骨欠損の形態として、残っている骨の壁の数も予後に影響すると考えられています。壁の数によって1壁性から4壁性に分類され、例えば骨の壁が「コの字型」に残っていれば「3壁性」です。壁の数が多ければ欠損の形が器状になりやすく、注入したエムドゲインゲルが貯まりやすいので、有効性が高くなります。和泉教授は、「この治療の対象となるのは全歯周病患者の7〜8%と少ないのですが、対象となる患者さんにとっては有効な治療法」と説明しています。

 バイオ・リジェネレーション法が適応となれば、手術は外来で行います。1度に2〜3本処置することも可能で、2週間後には抜糸できます。ただし、術後1カ月間の管理が重要で、手術したところを指や舌で触らない、強くブラッシングせず、うがい薬を使用するなど、細かな注意事項があります。また、バイオ・リジェネレーション法といえども、ほかの歯周外科治療と同様に再発の可能性はあります。術後も3カ月ごとの定期検査と口腔清掃、歯磨き指導といったメンテナンスを受けて、再発予防に努めることが肝心です。



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